blogと2chとパソ通
ココログのサービスが始まってしばらく経った頃、「ココログとパソコン通信は通じるところがある」というエントリーが幾つか見られた。今回の一件で確かに似てるなぁと思う反面、違うなぁと感じることもある。
今回の一件をニフティに例えると
ミチナオさんの発言にKaoriさんがレスを付けて、そのレスに対して多くのレスが付いたって感じ。その多くのレスはKaoriさんに対する批判は直接的に書かず、当たり障りのない表現で批判して、なるべく穏便にすませようとする。
これが2chとかだったら
ミチナオさんの書き込みにKaoriさんがレス付けて、その他大勢がレスを付ける。多分、ダイレクトな内容が多いだろう。マジレスとか呼ばれる、少数のKaoriさんに対する反論を真っ向から書く人がいて、あとは煽る書き込みが大半で、たまにKaoriさんを擁護する書き込みがあると自作自演として流されたりとか・・・そんな感じのイメージ。
これを元に今回の一件を当てはめてみると、
Kaoriさんにとってみればニフティの会議室でこういうことが起こったら、その後そのフォーラムで発言するのは気が引けるようになると思う。ニフティを続ける限り、というかやめてもこの経験は忘れられない物になる。2chだったら叩かれても別にそんなに傷つかないんじゃないかと思う。この辺は、blogにも当てはまること、ニフティ≒blog。
問題は次、
議論の内容については、ニフティの方が建設的な議論は行われるだろう。もちろんインダイレクトな表現だから人によっては非生産的と思える議論が展開されることがある。これもblogにも当てはまる、多くのトラックバックに関しては。けど、ニフティだったら次みたいなレスはおそらく付かない。
私が着目したのはこれらの記事に付いてるトラックバック先の記事。見事に馬鹿な大人が馬鹿な大人の論理を馬鹿馬鹿しく振りかざしてお説教している気分に浸っています。まさしくお馬鹿な記事のオンパレードです。
The Electric Womb: 馬鹿な大人になんかなりたくない
まぁ、私のエントリーもお馬鹿な記事の1つに含まれるということはとりあえず置いておきます。凄いダイレクトな表現です。馬鹿が5回もでてきます。このサイトの管理人のElectric Wombさんはちゃんとしたblog(このトラックバックのためだけの捨てblogではない)を持っていながら、これだけダイレクトな表現を使える訳です。
これが「通りすがり」とか「名無し」なんてハンドルで、メルアド・URLなしでコメントが付けられていたら歯牙にもかけない。けど、このトラックバックには、「なんかblogって凄いなー」って思ってしまった。2chとパソコン通信のいいとこ取りみたいな感じ。
で、お馬鹿な大人の一人が言い訳。前のエントリー、自分で見ても恥ずかしいくらい「~ぶって」ます。人生の先輩ぶってる。そんな感じ。実際、21の私なんてまだまだガキ、自分でも精神的に大人になってないと思うけど。
ニフティ時代のフォーラムでの失敗が、あのエントリーを書くきっかけになってます。今回のKaoriさんの状況が過去の自分とだぶってるところがあって、書かずにはいられなかった。あの時の事は今でも時々、思い出します。昨日も風呂入ってたら思い出しました、恥ずかしい思い出です。
まぁ、月並みな話ですが「失敗を糧にして~」って話です。これだけだと自分のトラックバックだけ擁護しているように聞こえるので、追記です。
私はこういうトラックバック、良いと思いますよ。これがblogの利点なんじゃないかなぁ。おせっかいに見えるかもしれませんが、私は開いてると思います。
と、ここまで書いた時にMy Favorite Songsを見ると新しいエントリーが上がってました。
だからこんな小さなことが恥じだなんて思わないし、 逆に普通の日本人にはない理論を求めようとするこの心に名誉さえ感じている。すっごく、前向き。私の変な忠告なんて要らなかったのかも。
小さい頃にやったことを恥じだなんて思う大人になんかはなりたくないし、 そういう大人はだめだなんて馬鹿だなんて思ってる。
My favorite songs: 論より証拠を求めたがる日本の大人たちに
けど、これで良いのかな?って思う。あの恥が私に与えた影響は、悪い影響より良い影響の方が大きかった。こういう生き方だと精神的に成長できないんじゃないかとちょっと心配。
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